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近所には、サマンサタバサやABCマート、プランタン、マロニエゲートやVelvia館がありますが、私はもっぱら事務所と家の往復です(お昼だってほとんどコンビニよ!)。

そんなママさん弁護士の日常と、心の中をちょっとだけ、暴露しています。

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では、めくるめくママさん弁護士ワールドをご堪能下さい。

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2011年6月 1日 (水)

例えばマン管(1)

夫が今年度のマンション管理組合の理事長をやっていることなども手伝い、マンションについての広く浅い知識をこの際整理しておこうと思い、マンション管理士のテキストを購入。

せっかくなので、このような資格試験を、たとえばわいりんは、どのように学習を進めて行くのかを、ご紹介したいと思います。

 

■ テキスト選び

テキストを買ったのはもう半年くらい(以上?)前で、平成22年版。

電車の中でサラッと読みたかったので、ハンディでコンパクトにまとまっているタイプを・・・と思い、これを購入しました。

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★ テキスト選びのポイント

例えば司法試験もそうですが、テキスト選びは、重要です。

① 詳しくて分厚いものがいいのか、コンパクトで要点絞ったものがいいのか。

各々のメリットデメリットがあります。

詳しくて分厚いテキストは、

  • 全ての知識が網羅されているので他のテキストなどで調査する必要がない
  • ということは、重要部分については、テキストに記載されている内容にハイライトをするなどして強調すればよい(要点のみで、知識が網羅されていない場合には、新たに書き加えるなどしてテキストを補充していく必要があります。)

などがあると思います。

逆にデメリットは、

  • 最初の通読の際に、やたらめったら時間がかかり、途中で挫折しやすい
  • 重い
  • どこに書いてあるのか検索をするのに一苦労(ただしこれは、要点をしぼったテキストの場合でも同様です。テキストに記載されていないものを端から端まで探して「テキストには記載されていない」という結論に至るまでには相当時間を要します)

などがあります。

以前、初級アドミニストレータ(←今となっては死語・・・)の試験を受ける際にも、テキストをまず購入しました。以前のブログには記載しましたが、このテキスト、表紙も中身もチャラい感じでしたが、システムについて必ずしも詳しくない者が読むには、内容をイメージしやすくとてもお勧めな本でした。

 

■ 通読

次にやるべきは、テキストの通読です。どのような資格試験でも同じ経路をたどると思います。

通読のときのポイントは、全てを暗記しようと思って読みこんでしまうと、挫折するのでそれはお勧めできませんよ、ということ。「どこに何が書いてある」ということが分かる程度に読み込めれば一読目としては十分です。

「どこに何が書いてある」を理解できると、いろんなことが理解できます。まず、当該資格試験が想定している出題範囲。こりゃま当然ですね。あとは、その出題範囲の体系の理解。体系については一読目は、深い理解までは不要です。が、なんとなーく、幹があって、枝があって。葉があって。ときどき花が咲いて。そういうイメージがつかめたらシメタモンです。

マン管のさきほどのテキストを一読(というか本当にペラペラ~っと。どこに何が書いてあるか項目を探る程度でした(^^;;)で、私も、マン管の出題範囲をざっと把握いたしました。

テキスト最初に書いてある民法は、このような法関係の資格試験では、本当に、幹というか、もう根っこみたいなもんです。この民法は幸いにも私は再び勉強しなくても何とかなりそうなので、次に区分所有法。まさにこの法律が、幹に相当しますね。区分所有法とマンション管理規約で、マンションの管理のほとんどの部分を網羅することになります。ただし有事に際しての「被災区分所有法」、「マンション建替円滑化法」なども枝葉部分として押さえておく。

「不動産登記法」、「借地借家法」は民法の特別法としての位置づけになります。全ての部分ではないけれどマンションの管理という切り口でもう一度眺める。

あとは「住宅の品質確保の促進に関する法律」、「宅地建物取引業法」など、これらも葉っぱになろうかとは思いますが関連する法規もあることを頭に入れる。

上記テキストでは、そのあとに、アフターサービス、マンション標準管理委託契約書、マンション標準管理規約、管理組合の会計知識・・・と続きます。いずれも今の段階では、さら~っと一読。

 

■ 過去問

資格試験を受けるときには、問題集なども多々でていますが、一番抑えるべきは、「過去問」です。本番の試験でどのような問題が出たのかというのと、そのような問題を見て資格試験予備校が想像して作成した類似問題とは、天と地ほどの差がある(といったら失礼ですが)と思った方がいいです。

まずは過去問を解く。「この問題を解いて、幾多の先輩方が、この試験に受かったのだなぁ」と思いながら、解く。

過去問は、最終的に全問正解できるまで、何度も何度も、解きます。

だから、もし解いて、正解だったら○、不正解だったら×を問題番号の隣あたりに書いておくとよいと思います。

さて、○でも×でも、この問題がテキストでいうとどこの知識に相当するものなのかを、必ず参照するようにします。

例えば。私が今朝やったのは、こんな感じ。

平成21年第1問。建物の敷地に関する問題でした。肢は4つ。うち1つの「誤り」を探す問題。そうすると、ここから4つの知識について試されるわけです。肢1が「誤り」である理由。肢2~肢4が「正しい」である理由。その4つのポイントが、ちゃんとテキストに書いてあるかを探します。

私が使ってるテキストだと、65頁に「敷地・敷地利用権」についての記載がありますが、肢の全ての知識が記載されているわけではありません。テキストに載ってる知識については、「ここが過去に問われた」ことを強調するために、余白部分に「H21-1」(平成21年第1問の意味)と記載します。テキストに載っていない知識については、他の文献など(私は文献を持っていませんので、ネットで調べたり、あるいは直接法令に当たるなどして)知識をテキストに書き加え、そこに「H21-1」と記します。

これを繰り返していくうちに、少なくとも過去問を解くのに必要な知識は、お手持ちのテキストさえ読み込めば、全問回答できるように、なります。

(つづく・・)

2011年5月26日 (木)

長女の歌うスイートプリキュアOP

ら~♪ら~♪ら~♪らら~♪

 
すぃすぃぷりきゅ~
~とぷりきゅっ
すぃすぃぷりきゅ~
~とぷりきゅっ

ひびぴ あらむ めろでぃ~
いま はじまる すと~りぃ~
ちゃりむが なぁっ あじゅむ ちゅちゅおと
りじゅむ いじゃ ~み~ちゅ~

ーきなこえで うたお えい!
きーみは ・・・・ うたいだす えい!
えーがお すなっ むーじっく えい!
ちゃんど ちんど して~ぃ

すい~ との せかいは
すい~ と あれるから

はな~でよ~ う~まれ~る か~もに~

すぃすぃぷりきゅっ

2011年5月 9日 (月)

Rちゃんのピアノ教室

この春、あちこちから、お友達が音楽教室やピアノレッスンを始めた話が聞こえてくる。春からは始めやすいというのは本当で、実はうちも、Rちゃんのピアノレッスンが始まった。念願の。

もう1年くらい前から近くのYAMA○Aに入会希望を出していたが、希望の時間帯に空きが出ないまま。土曜日午前中なんて、一番人気なのかもしれませんね。で、あ~もう4歳になっちゃった。あ~もう年中クラスになっちゃう。そんなことが焦りとなり、YAMA○Aではなくても、多少遠くても、とにかく始めようという気持ちが高まった。

初春からいくつかの体験レッスンを梯子した。優しくてニコニコしてくださっている先生も多かったが、結局決めたのは、「さ、背筋ぴんと伸ばして。」「はい、ごあいさつ」など、細やかな指導をしてくださる先生がいた、KAW○Iの教室。

なかなかレッスンの空きが出ないからと、私からRちゃんに、ドの場所とか弾き方とか、多少教えていたのだが、全然ダメ。母親からの教えは、基本、甘えてしまって、ふざけてしまって、集中してくれない。遠い記憶を思い起こしてみれば、自分も、そんなことがあったかもしれないなと思い、多少緊張感のある環境を提供してあげたかった。だから、今回の先生との出会いは、本当に良い出会いだと思っている。

さて、先日、そんなRちゃんの初めてのレッスンがありました。体験のときに歌った歌を、家でも一緒に歌っていたこともあり、今回のレッスンでもスラスラと元気よく歌え、先生から「すごいわね」なんて褒められると、Rちゃん満面の笑。

「ド」の位置だけでなく、初回にして、右手5本指を使う曲にまで突入して私をびっくりさせましたが、どんどん、指先から刺激を受けてほしいと願ってやまない。

 

「日曜のうちに宿題をやってしまおうね」という私の呼び掛けには、ついぞ応じることなく、公園三昧だったRちゃん。大丈夫かしら。ww

2011年4月26日 (火)

体調管理のために

震災以来、できるだけ自転車で通勤をしています。これは、精神的にスッキリするというほかにも、体調自体を管理するためにとても有用です。

朝は、通勤で若干の汗をかくために(今の季節、滝のような汗はかきません。)、体がポッポッとあたたかくなり、血液の循環が良くなるのでしょうか、とってもスッキリ、シャッキリします。会社につくとすぐ、業務に取り掛かることができます。

夕方は、仕事上で嫌な思いをしたときであっても、onからoffへの切り替えをスムーズに行うことができます。offといっても、子どもたちの世話が待っているため、いつまでも鬱々としていられないのです。汗をかいてスッキリしたら、子どもたちの笑顔にさらに励まされ、夕方のもう一仕事(食事を与え、お風呂に入れて、寝かしつける)を頑張ります。

 

金曜、横浜直行だったため木曜夕方から自転車に乗っていない。日曜には親戚の結婚式なんかもありアルコールを摂取したのもこたえたのか。月曜、なんだか体調が悪く、頭が痛い、お腹も痛い。。。自転車での帰宅をあきらめ、電車での帰宅。。。

火曜、朝。やはり頭痛が治らない。しかしいつまでも引きずっていられない。そこで永田町から銀座まで、歩いてみることにした。

Dvc00396_2  途中、こーんな風景や

 

Dvc00397 こんなんや

 

Dvc00398 こんなのも・・・

 

Dvc00399 こんなかわいいお花も。

頭痛が、少し治ったように思いました。疲れなのか。気の持ちようなのか。何か体調崩しているのか。分かりませんが、少しでもスッキリできたのであれば、正解です。

いつも、晴れた日に、こうして散歩をするたびに、あ~幸せだと思えます。

2011年4月 7日 (木)

次女の保育園

平成21年10月に、次女が誕生しました。

平成22年4月初旬、0歳5ヶ月の次女を連れて大阪へ。尋問手続きがあり、どうしても大阪地裁に行かねばならなかった。次女は大阪市内のホテルの託児所へ。まだ母乳を与えていましたので、離れることができなかったのです。

平成22年4月下旬、やはり0歳5ヶ月の次女を連れて福島へ。こちらも尋問手続。福島市内の一時保育をしてくださる託児所を探して預けました。

平成22年5月、0歳6ヶ月になり急に母乳を飲まなくなった次女を、無認可の保育園に預けることに。お姉ちゃんの通っている保育園には0歳8ヶ月以上じゃないと入れないので、8ヶ月になり次第、入園申込をすることにして、とりあえずは無認可保育園へ。もうそろそろ仕事をどっぷりと休めるような雰囲気じゃなくなってきたというのもあり・・・(自営業はここがツライところです)。

そして、半年間、区立保育園への入園申込を続けてきましたが、空きが出ないらしく、ずっと入れない・・まま・・・・・4月、進級に伴って児童枠が数名増えるその枠によって、ようやく、ようやく、次女の区立保育園入園が決まりました。

入園が決まったのが2月21日。園長からの連絡に歓喜しました。

分かっていたのになかなかシーツやバッグなど、お裁縫が進まず、ようやくギリギリになってミシンを出して半分徹夜で仕上げました。

さて、保育園は、入園するといきなり「あずけっぱなし」ではなく、「慣らし保育」というのがあります。子どもが園になじむまで、親が一緒に過ごしたり、あるいは早くお迎えに行ったりして、徐々に慣れさせるようにするのです。

Rちゃんの慣らし保育のときには、数日間、私はRちゃんと一緒に保育園で過ごし、遊びました。まだ0歳ということもあったのでしょう。しかし、Aちゃんの慣らし保育は、初日から離れ離れ。一応初日はお昼くらいにお迎えに行ったのですが、朝こそ泣いていたAちゃんは、その後ケロッとした様子で、お迎え時にも特に泣く風でもなく、へいちゃらでした。

なので、2日目、3日目とだんだん預け入れの時間を多くしていき、3日目にして普段のRちゃんとほぼ同じ時間だけ預けられるようになりましたが、もう、ご機嫌、ご機嫌。

なにせね、この区立保育園の1歳児クラスのお部屋は、広いし、明るいし、暖かいし。そして先生方はたくさんいるし、ベテランだし。安心づくしなのです。ここで過ごしていれば、Aちゃんも満足だろうなぁと、思わざるを得ない環境なのです。そしてもちろん、Aちゃんはとても気に入った風で、朝もすぐ先生に抱っこされ、ニッコリ。

Rちゃんは、0歳5ヶ月~6ヶ月の2ヶ月間保育園に通った後、4ヶ月間、パパが育休をとり、そして11ヶ月から再び(現在の)保育園に通い始めました。11ヶ月の入園のときには、それから1ヶ月間、毎朝泣いていました。

Aちゃんとは月齢が違うというのももちろんあるけど、やっぱり、性格なんだよなぁ。Aちゃんは、あまり小さなことに動じません。転んで頭をぶつけたって、泣きません。

昨日の連絡帳では、「あまり泣かないので、感情が出せていないのかも。気をつけて保育します」と先生からの心配コメントまでいただきましたが、ん~、Aちゃんって、そういうところ、あるんですよ。うふふ。

とにもかくにも、二人の娘が同じ保育園に通うようになり、なんだか、いよいよ、仕事をやるぞーーーーー!という気持ちになっている今日この頃です。ちょうど桜も咲いたしね。

お見舞い申し上げます

大変ご無沙汰をいたしました。前回の1月の更新依頼ですので、かなりご無沙汰です。前回、ふっとふっきれて、それからは職務に邁進しておりました。何よりです。

そんな中、大変な震災が起こってしまいました。

幾人かの知人が、震災およびそれに関連する事象により、命を失ってしまいました。

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

命に別条はないものの、避難生活を余儀なくされたり、余震の中、通常業務を行わなければならないという知人もいます。本当に、大変な惨事でした。これはまだ過去形にできないことですね、原発問題はまだ解決の見込みがありません。

やっと、あの日のことを、書こうという気持ちになれました。

3月11日。

私は通常どおり、銀座の事務所で執務をしておりました。おや、地震だな、と思うと同時に同僚から「けっこう大きいですね」という声。うん、私もそう思う。と思っていると、ガタガタガタン!とさらに大きな揺れがやってきました。嘘みたいな揺れ。現実とは思えない揺れ。物が落ちました。幸いにも戸棚が倒れてくることはなかったのが幸いでした。すぐテレビをつけると、もう、地震速報をやっていましたが、そのときにはまだ、震源地くらいしか分からず、被害の実態は全く分かりませんでした。

何度か、大きな揺れを経験し、どうやら電車は全部止まっているらしいという情報をテレビから受け、とりあえず事務所のお隣の靴屋さんでスニーカーを買ってきました。またスカートでは動きにくいので、トレーニングパンツの類も買ってきました。

事務所に戻るとテレビでは津波の映像などが放映されていました。あまりにむごい映像に、目をそむけたくなるものばかりでした。ガタガタガタン!また揺れます。もういつまで続くのか。細かい縦揺れの後に、大きな横揺れなどもありました。

発生は2時46分でしたが、その後そんな落ち着かない時間を過ごし、3時半過ぎに、これは、もう事務所を終わりにして全員帰宅した方がいいと決断しました。そのように所員に告げ、私も帰宅準備をはじめました。幸いにも、自転車通勤で使っている自転車が、すぐ私の机の横に置いてありました。

銀座の街には、人があふれていました。みな、ビルから避難のために通りにまで出てきた人たちでした。大きく揺れたときには、「キャー」という悲鳴も聞こえました。

はたして自転車で帰宅できるのであろうか。道路は使える状態なのだろうか。そんなことを考えざるを得ないほど、大きな揺れでした。

同僚弁護士が、エレベータが止まっているため、自転車を1階まで担いでおろしてくれました(感謝!)。数分前に夫は無事が確認できましたが、保育園に預けている子どもたちがどうなっているのかは、電話回線がパンクしており、確認できませんでした。どんな状態であっても、いち早く迎えに行ってあげなければ。そう思い、自転車を飛ばして帰宅することにしました。

道路に亀裂が入ったり等はなかったため、通常どおり1時間で長女のいる保育園に到着。全員がホールに避難し、頭を守るために帽子をかぶり、上履きを履いていました。先生方はヘルメットをかぶり、皆、緊張顔。4歳の娘は、寒かったのか、はたまた緊張か、いつもより青白い顔をしていましたが、元気そうに、ビスケットをもらったよ!と自慢してくれました。こういうときは、子どもが溌剌としてくれているのが、一番、励みになります。

次女は無認可の保育園だったのでとりわけ心配でしたが、1歳の娘にはまだ地震の怖さはほとんど分からない様子で、それが救いでした。二人の娘に無事再会でき、長女の不安を紛らわせるため、コンビニに立ち寄ると、一家族が、たくさんの水やお茶、カップめんなどを買っていました。

まだ自宅には戻っていない状態だったので、家の中がどうなっているのか。ライフラインがどうなっているのか全く分かりませんでしたが、エレベータが止まっているかもしれない。そうしたら階段で次女を抱っこし長女には頑張ってもらって上まで上がらねばならない。一度上がってしまったら、そうそう買い物にまた出かけることもできないかもしれない。そう思い、長女を勇気づけるためのお菓子や、お茶少々、おにぎりなどを買い、自宅に戻りました。

エレベータは、動いていました。果たして乗っていいのか迷いつつも、乗って自宅へ。部屋に入ると、テレビ台からテレビが落ち、液晶が割れて映らない状態になっていました。物もいくつか散乱していましたが、揺れの特徴なのでしょうか、西側の壁に沿うように設置してある物はこぞって落ちていましたが、東側の壁に沿うように設置してあった物は、落ちていませんでした。テレビは、西側のテレビ台に置いてあったので、落ちてしまったようです。

窓ガラスのカギをかけわすれていたのか、揺れでガラスが空き(天井までの高さの重いものでしたが、イチコロでした。)、セキュリティが反応して警報が鳴っていました。上の娘はその警報音におびえ、帰宅するまでは気丈にしていましたが、帰宅後、泣いてしまいました。急いで解除し、二人の娘を抱き締め、「ママがいるじゃん、大丈夫だよ。ね。」と。本当は、そうしながら、私が二人の娘に抱きしめられているんだと感じました。

大きな揺れで、ガスもストップ。これは安全上そのように設定されているので、自分で解除すればガスは戻りますが、その解除方法がよくわからなかったので、というか、それ以前に作る気にもなれず、食事は買ってきたおにぎりにしました。3人で子どものスペースにシートを敷いて、「ピクニックみたいにして食べよう!」と言って、食べました。通常と違うやり方に、次女は半べそでしたが、お腹が膨れてくるといつもどおりの笑顔が見えました。

お風呂はお休みにして、二人とも歯磨きをしてパジャマを着せました。夫が、帰宅難民になっていました。揺れた当時は恵比寿にいたらしく、しばらく、電車が動くのを待っていたそうです。おいおい、あの揺れで電車再開の目途なんて全くなかったのに・・・。そして、自宅に向かって歩き始め、新宿あたりで挫折。新宿の支店で知人と合流し食事などをしていたとのことでした。

私は、二人の子がパジャマに着替えて眠そうに眼をこすっているので、そのまま車に乗せ、大渋滞覚悟で、夫のお迎えに向かいました。普段高速をつかえば15分の距離でしたが、もちろん高速は使えませんし、あの大渋滞でしたので、2時間くらいかかったでしょうか。。。帰りは運転を代わってもらい、私は後部シートでウトウトしてしまいましたが、裏道のみを使って帰ってきたみたいです。大通りは全く、まーーーったく動かない状態でした。

私の実家は栃木です。両親も兄も無事でした。親戚も無事でした。しかし建物が半壊したり、動産類はめちゃめちゃ、その後停電があったり余震が続いたり、ガソリンがなくなったり食料がなくなったり、次々と乗り越えねばならない事がやってきて、大変な1ヶ月だったと思います。震災後まもなく、普段全然メールをしてくれない父が、家長らしく、毎朝「変わりありませんか」なんてメールをくれたりして、それが、ちょっと微笑ましかったりもしました。

私は、震災後、電車に乗ってまたいつ止まってしまうかもしれないという恐れもぬぐい去れず、また、節電の影響でホームも駅も車内も暗いので、なるべく自転車で通勤するようにしています。電動アシストがついているからだよ、とよくチャリ乗りの方に言われますが、え~、毎日毎日乗っているのに、痩せません!どうしたことでしょうか!!4月末には、親戚の子の結婚式があります、痩せねば困ります!!!

あ、話がそれてしまいました。

暖かくなってきました。桜も咲きました。花見なんてしていいのかとか、こんなときだから自粛しないでいこうとか、原発は本当はもっとやばいとか、いろんなことが言われています。が、どんなにやばくたって何だって、私は、この国を捨てるわけにはいかないし、東京で培ってきたこの生活を全てなげうって避難するだけの決断もできません。だったら、ここで生きて行くしかない。

避難生活を強いられている方は、本当につらいと思います。生まれ育った場所、自分の生活拠点がある場所が、客観的には危険な場所であっても、本人たちにとっては、唯一無二の場所なのです。「避難所のほうが安全でよかったじゃない」なんて口が裂けても言えない、言っちゃいけないことなのです。

原発が反対なのであれば、電気を一切買わなきゃいい。じゃんじゃん買って浪費して、それでも原発反対は、行動が矛盾している。でも今後は、発電方法についても、もっともっと考える必要はある。そうして一歩一歩進んでいくしかないじゃない。前を見なきゃ。後ろをみてあいつに責任があるとか、なんだとかかんだとか、政治的駆け引きしたりとか、そんなことをやってる場合じゃないだろうと、思う。

私は、私のできることをやるしかない。西に逃げてる場合じゃぁないのだ。西に逃げ場所なんてない。ここが、私の生きる場所なのだから。

2011年1月25日 (火)

悶々していましたが・・・

ここ1ヶ月、2ヶ月ほど悶々としていましたが、今朝、急にふっきれました。もとい、ふっきれたと思おう、と決めたとでも申しましょうか。

昨年、同業の友人なんかに会ったときに、つくづく、自分はだめだなぁと思ったのです。自分は、ご依頼者に感謝されると、素直に「あぁ嬉しいな」と感じてしまっていたのですが、友人は、こう言いました。

「こんなに頑張っているのだから(←何日も徹夜して仕事に没頭する彼女です。)、感謝されるのは普通だと思ってしまう。嬉しいのは、自分の主張が裁判所に採用されたとき。」

ご依頼者から感謝される程度でニマニマしてしまっていては、駄目だと。

その直前に、最終準備書面を書き終え、いざ判決待ちという件で、最終準備書面をご依頼者に見ていただいたら、「ここまで書いていただきありがとう」と感謝のお言葉をいただいたのです。もちろん、判決では、絶対に勝ちたいという思いは今もありますが、そのようにご依頼者に言っていただいたことも、嬉しかったのですが、一気に目が覚めた思いだったのです。

で。

その前からなのですが、あぁなんで自分は弁護士になったのだろうとか、弁護士になって何を成し遂げたかったのだろうとか、悶々と考える日々が続いておりました。

ふっきれたきっかけ。一つには、今読んでいる、こんな本。

嫌な女 嫌な女
桂 望実

光文社 2010-12-16
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ここに、女性弁護士が出てくるのですが、その人のセリフが、私の心にヒットしました。

けっこう地道に仕事をしていて、でもって、「やりがい」について、こう言うのです。

「弁護士の仕事って、やりがいを求めてはいけない領域のものだと思ってる。淡々と仕事をして、もちろん、手は抜かずに、当たり前のことをする。それを積み重ねるだけ。結果として、それが誰かを助けることになって、感謝されるかもしれない。でもね、感謝されることを目的にしてはいけないし、期待してはいけないと思ってる。」

友人が「感謝では嬉しくない」と言っていたのも、この女性弁護士のセリフで、深く理解ができたような気がするのです。

で、自分に振り返って考えてみた。もちろん、浮き沈みはある。でも、当初、弁護士を志した時の理由の一つ、「出産をしても仕事復帰ができる」については、まぁ、なんとなく、目的達成。しかも、復帰して半年で、「なんだかちょっと忙しい」にまでお仕事に恵まれているのだから、まずまず。

さらに、今朝、朝の予定に余裕があったので、永田町から銀座一丁目まで歩いたのです。良い天気。からっとしていて。桜田門から皇居外苑に入り、こんな風景に触れながら歩いてきた。

Dvc002992こんな景色。

見えないと思うけど、矢印のところに飛行機が飛んでいるんです。

Dvc00300

こんなのとかも。空が、きれいだよね。

ときどき、時間をつくって、こういう風に「ほっ」とできる場所にぷら~っと歩きに行っても、怒られるわけでもない。それだけで、なんて幸せなんだろうと、思ったわけです。

なりたい自分になる。これが幸せとして。

いかほどのものを、自分は望んで「不満だ」と思っていたのだろうと。目標や望みは高いほうがいいようにも思いますが、常に自分の現況とのギャップに苦しみ、「不満だ、不満だ」と漏らすくらいなら、いっそ今の自分を認めてしまおうと。今の自分もなかなかなもんだよ、と自分の応援団になって褒めてあげようと。

学生時代はどう思っていた?仕事復帰以外にも、どんな弁護士像にあこがれていた?せいぜい考えていたのは、ご依頼者のために頭を使う。知恵を使う。知識を使う。それが仕事になる。そういう状況にとてつもなく憧れていた。そして、今、もちろん、知識、知恵、フル稼働させて仕事をしている。ならそれでいいじゃないか。ときどき運動もしたい。それも、(今は風邪ぎみで無理だけど)ジテ通なんかしちゃって、まずまずじゃないの。職場の内勤だけじゃなくて、ときどき裁判所なんかに、記録をもって出向いていく。そんな自分を想像して「うっとり」しながら司法試験の勉強してたんじゃなかったっけ?

満足、満足と現在の場所にとどまって進歩しようとしないのは癌だと思うけど、常に淡々と、全力で仕事に打ち込めているのであれば、それこそが、「仕事」をする上で最も幸せなことなのじゃないかと、思うことに決めた。

家庭はどうか。おかげさまで、とっても可愛い娘たちと、よく気がつく夫に恵まれて、順風満帆とは程遠いまでも、日々をそつなく暮らすことができる。それでいいじゃないか。

趣味は?趣味はいまはなかなか時間がとれないと思っているけど、でも通勤時間を利用して、運動したいときには自転車に乗れる、本が読みたいときにはどっぷりと読める(ときどき乗り過ごすこともあり・・・^^;)、眠い時には少し仮眠もできる。いいじゃないか。いいじゃないか。映画を観るのも好き。映画館には行きたいけれど、子供がいてちょっと無理よね。でも昨今すぐDVDが出てくれるし、DVDで観たい映画、観たかった映画をゲットできる。観る時間も、平日は夫の帰りが遅いので、たっぷりw。えぇじゃないか、えぇじゃないか。

悶々としてばかりでは、なんとも精神的に不健康なのです。

外野はとやかく言う。でも自分は自分。

やーっと、そんな気分になれたのでした。さまざまな、もの、ひとに、感謝。

 

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2011年1月 5日 (水)

幸せなこと の続き

好きな自分になること。

これが幸せだと書いた。が、一つだけあてはまらないことがあるのかもしれない。それは、子供。

子供と過ごす時間。これは、そういう自分が好きというより、そもそも、子供が可愛くて仕方がない。自分さておき、子供に幸せになってほしいという思いは、「好きな自分になる」では説明しきれないような気がするのだ。

4歳2ヶ月のRちゃんとの会話は、もう、とびきり面白い。正月太りを気にする母に、容赦なくこう切り出す。

「ねえ、どうしてママのお腹こんなに大きいんだ~!」

正月太りなんて言葉は教えたくないので、「もしかして赤ちゃんが入ってるのかな」と誤魔化す私。

「え~、Aちゃんだけでもお世話大変なのに、もう一人赤ちゃんが出てきても、抱っこできないよ、R。」

最近、自分はすっかりお姉ちゃんの自覚ありありで、よくAちゃんのことを抱っこしてくれる(食後に抱っこ=お腹圧迫をするので、Aちゃんは何度かゲボっとしてしまった。それでも、Rちゃんお姉ちゃんとのスキンシップは、Aちゃんもとびきり嬉しそう。)

また、お姉ちゃんはお母さん役にもなる。ぬいぐるみを4つもベッドルームに持ち込み、丁寧に寝かしつける。

「Rちゃんね、もう4人も赤ちゃんがいて、お世話、大変、大変。」

ママだって2人の子供で大変だから、4人は大変そうだね。と応える。

「こんどさ、でぃずに~(=ディズニーランドの意)に、プーさんと、ちっちゃなプーさんと、ミニーちゃんと、シフォンちゃん(=この4つが赤ちゃん役のぬいぐるみ)を、連れて行こうよ。ゲボするかもしれないから、バケツも持っていこうか。」

寝付く寸前に、そう言い残し、そして安らかな顔で眠りにつくRちゃん。

あまりに可愛いので、つい、「R、かわいいね」なんて言ってしまう私に、Rちゃんも返します。

「ママも、可愛いよ。ピンク着てね。(腕あたりを、さわさわ。)」

自転車通勤をするために着ているエンジ色のヒートテックのシャツを、可愛いと褒めてくれるRちゃん。可愛いポイント、色かい!

Aちゃんの年末の保育園行事で、同年代のお友達がハートキャッチプリキュアオープニングテーマにあわせて踊っていたのを見て、かなり影響を受けたRちゃん。

「は~ときゃっち ぷり~きゅあ~ さぁ~みんなでぇ~ は~ときゃっち ぷり~きゅあ~ はな~さかせよう~♪ 二番まで歌えるんだ~、R。」

どうやら「花さかせよう~」を二番だと思い込んでいる様子なので、そのままスルーする。

紅白でプリキュアが出てきたのを、録画していたので、Rちゃんに見せたら、ますます影響を受け、公園に屋外のステージを見つけてそこに上り、自分で歌いながらクルクルと回る。クルクル回る振りが印象的だったのでしょう。

ここまでされると、親としても、もっと可愛い姿がみたくて、youtubeなどで振り付けが見られるものはないかと検索してしまったり(そうしたら、ちょっと・・・なオジサンが歌って踊っている動画がアップされていて、ちょっとキモかったり。)、こんどテレビを録画してあげようかな、なんて思ったり。どんどん、こうやって4歳のRちゃんはハートキャッチプリキュアにはまっていくのでしょう。

おままごとなんかも盛んで、たいてい、Aちゃんを相手にしてます。絵本を読んであげたりすることもあります。Aちゃんは、Rちゃんの積み上げたつみきを崩したりするので時々嫌われますが、それでも、Rちゃんの一番の理解者で、Rちゃんの動きに、必ず喜び、大きく手を叩き、たいそう笑いますので、Rちゃんも嬉しそう。

そんな女の子らしい二人をみて、夫の目じりは、もう、下がりっぱなし。

かくいう私も、ここにきて、二人の可愛らしさに、腰砕け。

新年早々、親バカ全開でしたが、どうぞご容赦くださいませ。

幸せって、なんだっけ、なんだっけ。そういうことを考えている、新年でございます。

 

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幸せなこと

デフレが続いて20年という。これ、長すぎるだろ。景気が悪く、失業率も悪く、昨日の大発会では株価が上がって盛り上がったらしいけど、そんな風に明るいニュースを見続けていたいものだ。

あけまして、おめでとうございます。

幸せの尺度については、様々な議論がなされてきた。GDP?国民総幸福量?国の政治をつかさどる者として考える尺度と、国民一人一人が考える尺度もまた違うだろう。当然の話だ。

そして、私はこう考える。

自分が好きな自分になること。

これこそが、幸せなのではなかろうかと。

貧困は、自らの生命さえ脅かすため、「好きな自分」に近づく努力さえままならない。たとえば乗馬をする自分が好きな人であれば、乗馬をするために要する費用を仕事で稼がなければならないが、それが叶わないと、不服に思うことだろう。

経済的に裕福になることは、「好きな自分」になるために、必要だけど、十分条件ではない。本をたくさん読む自分が好きなのに、本は買えるが読む時間がなければ、読む時間を作りたいと願うだろう。仕事で認められる自分が好きなのに、なかなか認められないことによる不服もあるだろう。

本当は総理大臣になりたいと思っていたけど、秘書官をやっているうちに、なんだかその仕事をしている自分を好きなことに気付くことだってある。

恋愛もしかり。人を好きになるというのは、どういうことか。ラジオで先日ある人が言っていたけど、人を好きになるというのは、その人の傍にいると、自分を好きになれる、好きな自分になれるということと同義だ、と。そうかもしれない。卵とにわとりのような話だが、私は逆に、人を好きになると、自分を磨こうと思う。好きな人には、素敵な自分を見せてあげたいと思うからだ。しかしそれというのは、要するに、好きな人に感化され、自分を「好きな自分」に押し上げようというパワーが湧いてくることなのだと思える。

だから、今年の私の抱負は、「好きな自分になる」。これを頑張ろうと思った。本を読む自分が好き。時々運動をして気持ちいいと感じる自分が好き。映画を観て感動する自分が好き。子供のために食事を準備する自分が好き。時々ゴルフになんか行けたらそれサイコー。仕事で売上げ関係なく汗流せる自分が好き。そんな自分に感謝してくれるご依頼者との出会いにも感謝したい。正月太りでスカートのウエストがきつければ、ガッカリしてしまうので、時間を作って自転車通勤をし、身体をシェイプアップしたい。目標体重まで落とせたら素敵なスーツを買って着こなしたい。ブランドバックやブランド財布、宝飾品などにはほとんど興味がないから、今年も近づかない。年賀状の宛名を達筆に筆ペンで書けちゃえばそれに超したことはないが、毎年、1月上旬にそれ系の練習帳を買っては挫折するので、それは今年はいいや。

1月という新年にあたり、いろいろい目標なり抱負なりが湧いてくるというのは、ありがたいことだ。そういう自分を、応援してあげたい。

本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

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2010年12月16日 (木)

書評

いま、いろんな口コミが、ネット上に現れてくるようになりました。とりわけ私がよく見るのが、本についてのレビュー。

星がたくさんついていれば気になるし、ついてなければ、気になるし。

贅沢を言えば、本を読んだ後にも、ずっと心の中に残るような、そういうインパクトのある本にこそ出会いたいと思っています。しかし、全てが全て、そんな本だったら、逆に気持ち悪い。どんだけ影響受けまくりなん~、って感じで。

私にとって本を読む時間は、テレビでドラマを見るような、いわゆる娯楽タイムなので、その後、たとえ心に残らなくても、まぁ、読んでいる間、ワクワクできれば、それで合格です。

ワクワクさえできない、もう頁をめくりたくない、という本にも出会うことがある。そういうときは、なんだかすごくガッカリしてしまうのです。

で、レビューというのは、最低限、ガッカリしないために、チェックすることが多いです。感動する、心に残る、そういう本に出会いたいなら、レビューは気にせず、自分でどんどん読み漁り、そして、自分で発見すべきではないかと思っています。そこまでの時間もなく、限られた読書時間の中で楽しむためには、多くを求めるのではなく、「ガッカリしない」という最低レベルをクリアしていることを望むわけです。

そうはいっても、レビューというのは、本当に人それぞれ。たとえば、昨日発売されたKAGEROU。私、水嶋ヒロさんは、はっきりいって、カッコイイから、好きよ。だから、彼が書いたという文章であれば読んでみたいとも思う。でも、今朝、レビュー見てみて、あまりに酷評で少しかわいそうになった。本当に、純粋に、読んで書いているレビューなのかな、って疑問に思っちゃう。前評判が大きかっただけに、あるいは裏切られた感があるかもしれないけど、でも、じゃぁ逆に、無名の作家の処女作だったとしたら、売れそうなインディーズを見つけ出して密かにファンになり成長を見守る楽しみのような、そういうウキウキした感覚で見る事はできなかっただろうか、と。

もう、今から手にするときには、「これ、実は水嶋ヒロが書いたのよね」と意識せざるを得ないから、だから、インディーズを応援するようなウキウキ感も、そんな宝石の原石を見つけ出したような得意気な感じも味わうことができないから、いずれにせよ、ちょっと残念。

で、レビューというのは、本当に人それぞれで、まず、みなさんのレビューを、鵜呑みにもできない。だって、その人の感じ方もあるし、そして、私の感じ方も、あるから。

だから、できれば、自分と同じような本を好んで読み、感動する本も重なるような、あるいは読み手が置かれた環境までも似ているような、そんなグループ分けができ、そしてその自分がカテゴライズされたグループ間で評判の高い本であれば、是非、読んでみたいと思う。

レビューっていうのも、そういう風に、少しレビューの色分けをしてもいいのではないか。そんな時期に来ているのではないかという気がする。

システムに詳しい方に、是非、そんなしくみを構築してほしい。

 

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