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2011年1月

悶々していましたが・・・

ここ1ヶ月、2ヶ月ほど悶々としていましたが、今朝、急にふっきれました。もとい、ふっきれたと思おう、と決めたとでも申しましょうか。

昨年、同業の友人なんかに会ったときに、つくづく、自分はだめだなぁと思ったのです。自分は、ご依頼者に感謝されると、素直に「あぁ嬉しいな」と感じてしまっていたのですが、友人は、こう言いました。

「こんなに頑張っているのだから(←何日も徹夜して仕事に没頭する彼女です。)、感謝されるのは普通だと思ってしまう。嬉しいのは、自分の主張が裁判所に採用されたとき。」

ご依頼者から感謝される程度でニマニマしてしまっていては、駄目だと。

その直前に、最終準備書面を書き終え、いざ判決待ちという件で、最終準備書面をご依頼者に見ていただいたら、「ここまで書いていただきありがとう」と感謝のお言葉をいただいたのです。もちろん、判決では、絶対に勝ちたいという思いは今もありますが、そのようにご依頼者に言っていただいたことも、嬉しかったのですが、一気に目が覚めた思いだったのです。

で。

その前からなのですが、あぁなんで自分は弁護士になったのだろうとか、弁護士になって何を成し遂げたかったのだろうとか、悶々と考える日々が続いておりました。

ふっきれたきっかけ。一つには、今読んでいる、こんな本。

嫌な女 嫌な女
桂 望実

光文社 2010-12-16
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ここに、女性弁護士が出てくるのですが、その人のセリフが、私の心にヒットしました。

けっこう地道に仕事をしていて、でもって、「やりがい」について、こう言うのです。

「弁護士の仕事って、やりがいを求めてはいけない領域のものだと思ってる。淡々と仕事をして、もちろん、手は抜かずに、当たり前のことをする。それを積み重ねるだけ。結果として、それが誰かを助けることになって、感謝されるかもしれない。でもね、感謝されることを目的にしてはいけないし、期待してはいけないと思ってる。」

友人が「感謝では嬉しくない」と言っていたのも、この女性弁護士のセリフで、深く理解ができたような気がするのです。

で、自分に振り返って考えてみた。もちろん、浮き沈みはある。でも、当初、弁護士を志した時の理由の一つ、「出産をしても仕事復帰ができる」については、まぁ、なんとなく、目的達成。しかも、復帰して半年で、「なんだかちょっと忙しい」にまでお仕事に恵まれているのだから、まずまず。

さらに、今朝、朝の予定に余裕があったので、永田町から銀座一丁目まで歩いたのです。良い天気。からっとしていて。桜田門から皇居外苑に入り、こんな風景に触れながら歩いてきた。

Dvc002992こんな景色。

見えないと思うけど、矢印のところに飛行機が飛んでいるんです。

Dvc00300

こんなのとかも。空が、きれいだよね。

ときどき、時間をつくって、こういう風に「ほっ」とできる場所にぷら~っと歩きに行っても、怒られるわけでもない。それだけで、なんて幸せなんだろうと、思ったわけです。

なりたい自分になる。これが幸せとして。

いかほどのものを、自分は望んで「不満だ」と思っていたのだろうと。目標や望みは高いほうがいいようにも思いますが、常に自分の現況とのギャップに苦しみ、「不満だ、不満だ」と漏らすくらいなら、いっそ今の自分を認めてしまおうと。今の自分もなかなかなもんだよ、と自分の応援団になって褒めてあげようと。

学生時代はどう思っていた?仕事復帰以外にも、どんな弁護士像にあこがれていた?せいぜい考えていたのは、ご依頼者のために頭を使う。知恵を使う。知識を使う。それが仕事になる。そういう状況にとてつもなく憧れていた。そして、今、もちろん、知識、知恵、フル稼働させて仕事をしている。ならそれでいいじゃないか。ときどき運動もしたい。それも、(今は風邪ぎみで無理だけど)ジテ通なんかしちゃって、まずまずじゃないの。職場の内勤だけじゃなくて、ときどき裁判所なんかに、記録をもって出向いていく。そんな自分を想像して「うっとり」しながら司法試験の勉強してたんじゃなかったっけ?

満足、満足と現在の場所にとどまって進歩しようとしないのは癌だと思うけど、常に淡々と、全力で仕事に打ち込めているのであれば、それこそが、「仕事」をする上で最も幸せなことなのじゃないかと、思うことに決めた。

家庭はどうか。おかげさまで、とっても可愛い娘たちと、よく気がつく夫に恵まれて、順風満帆とは程遠いまでも、日々をそつなく暮らすことができる。それでいいじゃないか。

趣味は?趣味はいまはなかなか時間がとれないと思っているけど、でも通勤時間を利用して、運動したいときには自転車に乗れる、本が読みたいときにはどっぷりと読める(ときどき乗り過ごすこともあり・・・^^;)、眠い時には少し仮眠もできる。いいじゃないか。いいじゃないか。映画を観るのも好き。映画館には行きたいけれど、子供がいてちょっと無理よね。でも昨今すぐDVDが出てくれるし、DVDで観たい映画、観たかった映画をゲットできる。観る時間も、平日は夫の帰りが遅いので、たっぷりw。えぇじゃないか、えぇじゃないか。

悶々としてばかりでは、なんとも精神的に不健康なのです。

外野はとやかく言う。でも自分は自分。

やーっと、そんな気分になれたのでした。さまざまな、もの、ひとに、感謝。

 

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幸せなこと の続き

好きな自分になること。

これが幸せだと書いた。が、一つだけあてはまらないことがあるのかもしれない。それは、子供。

子供と過ごす時間。これは、そういう自分が好きというより、そもそも、子供が可愛くて仕方がない。自分さておき、子供に幸せになってほしいという思いは、「好きな自分になる」では説明しきれないような気がするのだ。

4歳2ヶ月のRちゃんとの会話は、もう、とびきり面白い。正月太りを気にする母に、容赦なくこう切り出す。

「ねえ、どうしてママのお腹こんなに大きいんだ~!」

正月太りなんて言葉は教えたくないので、「もしかして赤ちゃんが入ってるのかな」と誤魔化す私。

「え~、Aちゃんだけでもお世話大変なのに、もう一人赤ちゃんが出てきても、抱っこできないよ、R。」

最近、自分はすっかりお姉ちゃんの自覚ありありで、よくAちゃんのことを抱っこしてくれる(食後に抱っこ=お腹圧迫をするので、Aちゃんは何度かゲボっとしてしまった。それでも、Rちゃんお姉ちゃんとのスキンシップは、Aちゃんもとびきり嬉しそう。)

また、お姉ちゃんはお母さん役にもなる。ぬいぐるみを4つもベッドルームに持ち込み、丁寧に寝かしつける。

「Rちゃんね、もう4人も赤ちゃんがいて、お世話、大変、大変。」

ママだって2人の子供で大変だから、4人は大変そうだね。と応える。

「こんどさ、でぃずに~(=ディズニーランドの意)に、プーさんと、ちっちゃなプーさんと、ミニーちゃんと、シフォンちゃん(=この4つが赤ちゃん役のぬいぐるみ)を、連れて行こうよ。ゲボするかもしれないから、バケツも持っていこうか。」

寝付く寸前に、そう言い残し、そして安らかな顔で眠りにつくRちゃん。

あまりに可愛いので、つい、「R、かわいいね」なんて言ってしまう私に、Rちゃんも返します。

「ママも、可愛いよ。ピンク着てね。(腕あたりを、さわさわ。)」

自転車通勤をするために着ているエンジ色のヒートテックのシャツを、可愛いと褒めてくれるRちゃん。可愛いポイント、色かい!

Aちゃんの年末の保育園行事で、同年代のお友達がハートキャッチプリキュアオープニングテーマにあわせて踊っていたのを見て、かなり影響を受けたRちゃん。

「は~ときゃっち ぷり~きゅあ~ さぁ~みんなでぇ~ は~ときゃっち ぷり~きゅあ~ はな~さかせよう~♪ 二番まで歌えるんだ~、R。」

どうやら「花さかせよう~」を二番だと思い込んでいる様子なので、そのままスルーする。

紅白でプリキュアが出てきたのを、録画していたので、Rちゃんに見せたら、ますます影響を受け、公園に屋外のステージを見つけてそこに上り、自分で歌いながらクルクルと回る。クルクル回る振りが印象的だったのでしょう。

ここまでされると、親としても、もっと可愛い姿がみたくて、youtubeなどで振り付けが見られるものはないかと検索してしまったり(そうしたら、ちょっと・・・なオジサンが歌って踊っている動画がアップされていて、ちょっとキモかったり。)、こんどテレビを録画してあげようかな、なんて思ったり。どんどん、こうやって4歳のRちゃんはハートキャッチプリキュアにはまっていくのでしょう。

おままごとなんかも盛んで、たいてい、Aちゃんを相手にしてます。絵本を読んであげたりすることもあります。Aちゃんは、Rちゃんの積み上げたつみきを崩したりするので時々嫌われますが、それでも、Rちゃんの一番の理解者で、Rちゃんの動きに、必ず喜び、大きく手を叩き、たいそう笑いますので、Rちゃんも嬉しそう。

そんな女の子らしい二人をみて、夫の目じりは、もう、下がりっぱなし。

かくいう私も、ここにきて、二人の可愛らしさに、腰砕け。

新年早々、親バカ全開でしたが、どうぞご容赦くださいませ。

幸せって、なんだっけ、なんだっけ。そういうことを考えている、新年でございます。

 

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幸せなこと

デフレが続いて20年という。これ、長すぎるだろ。景気が悪く、失業率も悪く、昨日の大発会では株価が上がって盛り上がったらしいけど、そんな風に明るいニュースを見続けていたいものだ。

あけまして、おめでとうございます。

幸せの尺度については、様々な議論がなされてきた。GDP?国民総幸福量?国の政治をつかさどる者として考える尺度と、国民一人一人が考える尺度もまた違うだろう。当然の話だ。

そして、私はこう考える。

自分が好きな自分になること。

これこそが、幸せなのではなかろうかと。

貧困は、自らの生命さえ脅かすため、「好きな自分」に近づく努力さえままならない。たとえば乗馬をする自分が好きな人であれば、乗馬をするために要する費用を仕事で稼がなければならないが、それが叶わないと、不服に思うことだろう。

経済的に裕福になることは、「好きな自分」になるために、必要だけど、十分条件ではない。本をたくさん読む自分が好きなのに、本は買えるが読む時間がなければ、読む時間を作りたいと願うだろう。仕事で認められる自分が好きなのに、なかなか認められないことによる不服もあるだろう。

本当は総理大臣になりたいと思っていたけど、秘書官をやっているうちに、なんだかその仕事をしている自分を好きなことに気付くことだってある。

恋愛もしかり。人を好きになるというのは、どういうことか。ラジオで先日ある人が言っていたけど、人を好きになるというのは、その人の傍にいると、自分を好きになれる、好きな自分になれるということと同義だ、と。そうかもしれない。卵とにわとりのような話だが、私は逆に、人を好きになると、自分を磨こうと思う。好きな人には、素敵な自分を見せてあげたいと思うからだ。しかしそれというのは、要するに、好きな人に感化され、自分を「好きな自分」に押し上げようというパワーが湧いてくることなのだと思える。

だから、今年の私の抱負は、「好きな自分になる」。これを頑張ろうと思った。本を読む自分が好き。時々運動をして気持ちいいと感じる自分が好き。映画を観て感動する自分が好き。子供のために食事を準備する自分が好き。時々ゴルフになんか行けたらそれサイコー。仕事で売上げ関係なく汗流せる自分が好き。そんな自分に感謝してくれるご依頼者との出会いにも感謝したい。正月太りでスカートのウエストがきつければ、ガッカリしてしまうので、時間を作って自転車通勤をし、身体をシェイプアップしたい。目標体重まで落とせたら素敵なスーツを買って着こなしたい。ブランドバックやブランド財布、宝飾品などにはほとんど興味がないから、今年も近づかない。年賀状の宛名を達筆に筆ペンで書けちゃえばそれに超したことはないが、毎年、1月上旬にそれ系の練習帳を買っては挫折するので、それは今年はいいや。

1月という新年にあたり、いろいろい目標なり抱負なりが湧いてくるというのは、ありがたいことだ。そういう自分を、応援してあげたい。

本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

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